大田区といえば工業地帯や平和島を思い浮かぶ方が多いでしょう。
しかし、過去にさかのぼると意外な歴史が盛りだくさんです。
江戸においては農漁村でした。
特に海岸ぞい、大森・糀谷・羽田地区では海苔(のり)の養殖が盛んに行われていました。
しかし大正以降の中小工場の進出により、徐々に工場が密集する商業・工業地域へ変貌。
京浜工業地帯の一部となったのです。
関東大震災の後、台地は住宅が急速に立ち並び、田園調布や雪谷、
久が原と緑の多い住宅地へと変貌していきます。
漁業地から、工業・住宅地へと移り変わっていったのです。
特に臨海部は埋め立て地で作られ、空港やトラックターミナル、コンテナのふ頭に市場などの物流、
工場の団地、野鳥公園など都市機能施設が次々に整備されているのです。